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現場でのOJTの課題とその背景

作成者: 柳原 智 氏|2025/01/31 3:19:38


製造現場におけるOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)は、現場の即戦力を育てるための主要な教育手法です。しかし、効果的なOJTを実施するためには、現場特有の課題を克服する必要があります。特に、製造業の現場では、高度なスキルと経験を持つベテラン社員が新人を指導することが多い一方で、その指導方法や計画性が十分でない場合が少なくありません。

また、忙しい作業環境や人員の不足、さらには新人と指導者の間のコミュニケーションのギャップなど、多くの現場が直面する課題がOJTの効果を制限しています。これらの課題は、新人のスキル習得の遅れや職場全体の生産性の低下を招くだけでなく、新人が職場に溶け込むための障害にもなり得ます。

第二回の今回は、これらの現場特有の課題を3つの視点から掘り下げ、その背景にある要因を分析します。そして、これらの課題を乗り越えるための具体的なアプローチを探ります。

1.指導者の指導スキルの問題

例えば、ある製造現場で、新人が機械のメンテナンス手順を学んでいる状況を考えてみます。指導者は長年の経験から、自分では当たり前と思っている工程を説明せずに進めてしまい、新人が理解できないまま作業が進行してしまうケースがありました。この結果、新人は後になって基本的な手順を間違え、機械の故障リスクを増大させる事態に陥りました。こうした例は、指導者が新人の視点を理解し、効果的に教えるスキルを持たない場合に起こりやすいものです。

多くの製造現場では、OJTの指導者に任命されるのは、豊富な経験を持つベテラン社員です。しかし、指導に必要なスキルセットは単なる業務経験だけでは不十分です。技術的な知識はあっても、効果的な教え方を知らない場合、指導が非効率になったり、かえって新人のモチベーションを低下させてしまい、結果としてOJTの効果を十分に発揮できないことが起こります。

では、指導者のスキルの問題はなぜ起こるのでしょうか。その背景を探ってみましょう。

①指導者への教育が不十分であり、教えるスキルが体系的に学ばれていない。

多くのベテラン社員は、指導者としての役割を自然に任されるケースが多く、教育やコミュニケーションに関する研修を受ける機会がないことが原因の一つです。結果として、自分のスキルを他者に伝える方法を習得できないまま指導を行っています。

②指導内容が属人的で、標準化されていない。

指導者によって教え方や内容が異なるため、新人が受ける教育の質が統一されません。例えば、同じ作業でも異なる指導者から異なる指示を受け、新人が混乱するケースが見受けられます。

このように、指導者の指導の質にばらつきが生じると、新人がスキルを習得するスピードが遅れ、必要な知識や技術を十分に身につけられない状況が発生します。また、十分なフォローを受けられない新人は、不安やストレスを抱えることになり、業務に対する意欲が低下してしまいます。さらには、指導者自身も過度な負担を感じることで、組織全体の士気やモチベーションが下がり、現場の効率や雰囲気に悪影響を及ぼしてしまいます。

2. 計画性の問題

計画性が欠如したOJTでは、教育プロセスが属人的で場当たり的になりがちです。その結果、新人が必要なスキルを適切に習得できず、現場での即戦力として期待された役割を果たすことが難しくなります。また、計画性のない教育は、新人にとってストレスとなり、指導者や現場全体にも不要な負担を生じさせます。例えば、新人が業務の基本手順を学ぶ前に高度な作業を割り当てられるケースでは、ミスが頻発し、修正対応に余計なリソースが割かれることもあります。このような問題は、明確な教育計画が欠けていることから生じる典型例です。

では、計画性の問題の背景も考えてみましょう。そこにはやはり現場特有の事情が見えてきます。

①現場の生産性を優先し、教育が後回しになる。

日々の業務が逼迫している現場では、短期的な生産性を重視し、教育を長期的な投資と捉えられないことが多くあります。この結果、新人が十分な指導を受けられないまま業務に投入されるケースが発生します。結果として上述の通り、新人のモチベーションが低下したり、ミスによる手戻りで、生産性の低下が起こります。

②新人のスキルやOJTの進捗を管理する仕組みが整っていない。

OJTは個々のスキル習得度合いに応じて進めていく必要がありますが、新人がもとから持っているスキルの把握ができていなかったり、OJTの進捗管理がない場合、新人がどの段階までスキルを習得しているのかが曖昧になり、必要なサポートを適切に行えない状況が生じます。進捗管理の不備は、教育の成果を評価する機会を失うことにもつながります。

3. コミュニケーションの問題

これまで2つの観点で見てきましたが、この「コミュニケーションの問題」がOJTにおけるもっとも大きな問題と言って過言ではないでしょう。指導をする側も受ける側も当然「人」なので、感情もあれば、考えていることも違います。よって、コミュニケーションは一方通行的ではなく、双方通行的である必要があります。OJTにおいても、指導者が一方的に説明するのではなく、相手からの質問に対しても的確に応え、細かなニュアンスをすり合わせていくことが必要です。しかしながら、ここにも現場特有の背景がコミュニケーションを阻害してしまいがちです。

①指導者が新人の進捗状況を把握する余裕がない。

指導者自身が多忙な業務を抱えている場合、新人の進捗を定期的に確認する時間が取れず、適切なフォローアップが困難になります。特に、複数の新人を指導する場合には、優先順位が曖昧になりやすくなります。

②職場の文化として、対話やフィードバックが重視されていない。

製造現場では、「黙々と働くことが良しとされる」風潮が強い場合があります。そのため、指導者が積極的に声をかけたり、新人が疑問を表明する機会が少なくなりがちです。また、指導をしてもやらせっぱなしで、結果に対してフィードバックが無いと不安や不満を招きかねません。

③新人が質問や相談をしにくい雰囲気がある。

特に、ミスを恐れる組織文化がある職場では、新人が質問をすることで「無能だと思われたくない」と感じたり、「ミスをしたらおしまいだ」と考え、小さなミスを隠してしまうことがあります。この心理的障壁が、疑問の放置やコミュニケーションの停滞、果ては大きな事故を招く要因となります。

職場全体でコミュニケーションが停滞してしまうと、いらぬ誤解も生まれやすくなり、そうすると職場全体としての信頼感の低下が起こってしまいます。信頼感の低下は、職場のコミュニケーションをさらに悪化させ、連帯感を弱める結果となります。これにより、業務全体の効率が低下するだけでなく、職場環境そのものが萎縮的になり、新人だけでなく既存のメンバーにも悪影響を与えることが懸念されます。

OJTの効果を十分に発揮するためには、指導者のスキル、計画的な教育プロセス、そして適切なコミュニケーションが欠かせません。これらの課題は、現場全体の協力と意識改革によって改善可能です。本コラムで取り上げた課題とその背景を深く理解することで、より効果的なOJTの実現に向けた第一歩を踏み出していきましょう。

次回は、指導者と新人の間に生じるギャップについて詳しく掘り下げます。