OJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)は、まだ現場作業が慣れていない作業員や、配属されたばかりの作業員(以下『新人』と呼ぶ)が実際の作業を通じてスキルを習得するための重要な手法です。理論を学ぶだけでは身につかない実践的な知識や技能を、現場の実務を通じて学ぶことで、即戦力として成長できる点が大きな利点となります。
しかし、OJTが効果的に機能するかどうかは、指導者と新人の関係性や、現場でのコミュニケーションの質に大きく依存します。特に、指導者と新人の間で認識や期待のズレがあると、適切な指導が行われず、OJTの効果が半減してしまいます。こうしたギャップが積み重なることで、新人の成長スピードが遅くなり、現場全体の生産性にも影響を及ぼす可能性があります。
また、製造現場のような専門的な知識や技術が求められる職場では、指導者の経験やスキルが暗黙知として蓄積されていることが多く、体系的な教育が行われにくい傾向があります。そのため、指導者は「これくらい分かるだろう」と思っていても、新人にとっては全くの未知の領域であることが少なくありません。このようなギャップを放置すると、新人は疑問を抱えたまま作業を進めることになり、結果としてミスの増加や業務の停滞を招くことになります。
第三回の今回は、OJT指導において生じる代表的なギャップとその背景、そしてそれが新人の成長や現場全体に与える影響について掘り下げていきます。
OJTの現場では、指導者と新人の間にさまざまなギャップが生じることが多く、これが教育の効果を大きく左右します。指導者は経験豊富であるがゆえに、当たり前のように思っていることが、新人にとっては未知の領域であることが少なくありません。また、指導者と新人が持つ価値観や、学習スタイルの違い、立場の違いや現場での風土が、効果的な指導を妨げる要因となることもあります。
さらに、OJTの進め方が明確に定められていない現場では、指導者の指導方法が個々の経験や感覚に依存しがちです。その結果、新人の理解度や成長速度にばらつきが生じ、教育の標準化が難しくなるという問題が発生します。このようなギャップを認識し、適切な対策を講じることが、OJTを成功させる鍵となります。
現場でのOJT指導において、以下のようなギャップが発生しやすいと考えられます。
指導者は「説明した」と思っていても、新人にとっては初めての内容であり、十分に理解できていないことが多いです。特に、「なぜこの作業が重要なのか」「どのようなリスクがあるのか」といった背景情報が伝えられていない場合、新人は業務の本質を捉えられず、単なる作業の繰り返しになってしまいます。また、新人側も「わかったつもり」で、業務の流れを十分に理解しないまま作業を続けると、問題発生時に適切な判断ができず、トラブル対応が後手に回る可能性が高まります。このような状況が続くと、新人の成長が遅れ、現場の負担が増加するという悪循環が生じてしまいます。
指導者は長年の経験から「この作業はこうするもの」と直感的に理解できていますが、新人にはその前提がありません。そのため、作業の背景や理由が説明されないまま「これはこういうものだ」との指示を受けると、新人は単なる手順の暗記になりがちです。「見て覚えろ」という指導スタイルが根強い職場では、具体的な手順や注意点を理解することが難しく、さらには質問がしづらい雰囲気があると、新人は自らの理解不足に気づけないまま作業を進めてしまいます。結果として、細かいミスが増えたり、業務全体の流れを把握するのに時間がかかることが多くなります。
新人は「もっと丁寧に教えてほしい」「気軽に何でも質問してもいい雰囲気がほしい」と考えていますが、例えば指導者が「新人は自分から積極的に学ぶべきだ」「まずは自分で考えてから質問してほしい」と捉えていると、お互いの期待にズレが生じてしまいます。このズレが放置されると、新人は指導者に対して遠慮しがちになり、自らの疑問や課題を解消できないまま作業を進めることになります。また、「このくらいはできて当然」という指導者の思い込みが、新人の萎縮を招き、モチベーションの低下につながるケースも少なくありません。特に、現場を抱えながら指導しているベテラン指導者ほど、新人の立場に立って考える機会が少なくなりがちであり、その結果、新人は失敗を過度に恐れるようになったり、積極的に行動することをためらうようになったりすることがあります。このような状態が続くと、新人は自信を失い、結果として成長の機会を逃してしまう可能性が高くなります。
こうしたギャップを理解し、適切に対処することが、新人の早期戦力化と業務の円滑な遂行に直結します。単にギャップを意識するだけでなく、ギャップが生じる背景事情も考慮し、合わせて根本原因に手を打つことも重要です。ギャップが生じてしまう背景事情についても考えてみましょう。
現場では常に時間に追われている状況で、様々なトラブルに対応しながら業務を進めているのが現状かと思います。さらには指導員も専任ではなく、自分の持ち場や業務を進めながら兼任でOJT指導に当たるのがほとんどです。そんな事情から、指導者も「とりあえず現場に出て、見ながら学んでほしい」との考えが生まれがちです。
さらには、経験者が無意識のうちに使う「専門用語」や「職人言葉」は業界特有の表現が多く、新人にとっては意味が分かりづらいケースもあります。指導者自身は「これくらいは理解できるだろう」と思っていても、新人にとっては専門用語や暗黙のルールが障壁となることが少なくありません。
近年では、「生産性向上」の名のもとに、業務の効率化に向けて様々な手が打たれる中で、OJT指導にも効率化が求められるようになってきています。結果として、効率を優先するあまり「教える時間を最小限にする」「見て覚えさせる」といった指導スタイルが定着しやすくなっています。
現場の環境変化に伴い、これまでの指導方法が通用しなくなるケースが増えています。例えば、技術の進歩により業務内容が高度化・複雑化する中で、従来の「見て覚える」スタイルでは新人が適応しにくい場面が増えています。
また、若手世代の価値観の変化も影響しています。以前は「上司の指示に従って学ぶ」ことが当たり前とされていましたが、近年では「自分で納得しながら学びたい」「フィードバックを受けながら成長したい」という志向が強まっています。そのため、指導者が「自分が学んできた方法と同じやり方」で教えようとすると、新人との間にギャップが生じやすくなります。
さらに、組織全体でOJTの仕組みが整っていない場合、指導の質が属人的になりやすく、新人によって学ぶ内容や進捗に差が生じることも課題となります。指導者ごとに指導の方針や教育方法が異なるため、新人は「誰に聞けばよいのかわからない」と感じることが増え、結果として職場の教育体制に対する信頼感が低下する可能性があります。
このように、時間的制約と環境の変化が絡み合うことで、指導者と新人の間にギャップが生じます。こうした背景を認識し、職場全体で改善策を講じることが、OJTの効果を高めるための鍵となります。
OJTは、新人の成長を促し、現場の即戦力を育成するために欠かせない仕組みです。しかし、指導者と新人の間に認識のズレがあると、その効果が十分に発揮されません。特に、指導者の教育スキルの不足や現場の多忙さ、組織のOJT体制の未整備といった要因が重なることで、適切な指導が行われず、新人が十分な知識や技術を習得できないまま現場に立たされるケースが多くなります。
また、現代の職場環境の変化により、従来の「見て覚える」指導スタイルでは対応が難しくなってきています。新人が自信を持って業務に取り組み、成長を実感できる環境を整えるためには、指導者の意識改革とともに、組織全体でのOJTの仕組みづくりが求められます。
今後は、OJTの改善に向けた具体的なアプローチや、新しい教育手法の導入についても検討していく必要があります。
次回は、OJTのよくある失敗例を掘り下げ、どのような課題が生じやすいのかを詳しく解説していきます。