はたして、安全衛生教育に、「危険の体感」が必要なのでしょうか。
危険体感は従来より、"危険を安全に体感" でき、事故等を防ぐために欠かせない危険感受性の向上に有効な手段として、多くの企業で安全教育の中に取り入れられてきました。しかし、現実では体験が難しい場面、例えば「墜落」「爆発」「交通事故」などでは、リアルに災害状況を再現することは困難でした。そこで、近年、疑似体験するという意味で、視覚と聴覚だけでは教育効果が弱い事故事象については、触覚や嗅覚に対して刺激を与える装置を追加導入することで、よりリアルで効果的な教育が可能となります。
こういった危険体感教育は、無意識に起こる「反射」や「反応」などの人間の本能的・感覚的な部分に訴えかけるもので、座学と組み合わせることにより、 "自分の身にも起こるかもしれない"という実感を伴った知識として習得することができます。この教育を通じて、危険感受性が育まれるだけでなく、日々の業務において自主的に危険予知・回避を行うようになることが期待されています。一方で、リアルな災害状況の再現については、トラウマ(心的外傷)として残ることも懸念されることから、体感機器のメーカーや導入企業においては、教育効果を考えつつ、十分な配慮と対策も必要です。
ここで、この危険体感教育にVR等の最新技術を組み込み、教育の幅を広げる企業について、その動向及び活用方法(制作方法)の違いを紹介します。コンテンツの活用方法(制作方法)の違いによって大きく分けますと、以下のようになります。
①「既製コンテンツ」:シナリオ・制作ともに既製
②「外注コンテンツ」:シナリオは自作/制作は外注
③「自作コンテンツ」:シナリオ・制作ともに自作
上記の既製コンテンツをうまく活用した事例、外注コンテンツで災害を再現した事例、また自作コンテンツを発展させた事例などから、それぞれの活用方法の違いやコンテンツ制作方法に関する違いに加え、メリット・デメリットも見えてきました。
ここで、それぞれのメリット、デメリット について、簡単にまとめてみましたので下表(表1)をご参照ください。
表1:「既製コンテンツ、外注コンテンツ、自作コンテンツの違いとメリット、デメリット 」 2022.3現在 当所調べ
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主なビジネス的メリット・デメリット |
既製コンテンツ |
メリット |
外注コンテンツ |
メリット |
自作コンテンツ |
メリット |
VRを用いた危険体感教育は、労働災害防止はもちろん、自然災害(風水害・地震など)に対する防災訓練など、幅広い教育・訓練に用いられるようになってきています。また最近では、災害現場を再現するだけにとどまらないプログラムの開発も進められるなど、VR等を取リ入れた危険体感教育は日々アップデートされています。
しかしながら、自分自身が体感してみないことには、具体的な話もできません。百聞は一見に如かず、ならぬ、百聞はVRに如かず。コロナ禍に負けじと素晴らしいイベントが各地で開催されるようになってきましたので、いろいろ体感してみました。
VRを使った安全教育ツールが世に出だした頃は、全国緑十字展などでも体験会が開かれたり、すでに目を付けていた企業が先行導入していましたので、“見事に再現されていて足がすくんだ”、“学ぶというよりむしろ楽しめる”、“これまでの退屈な教育とおさらばだ”といった楽観的な意見を多く耳にしました。導入を試みる前に、まずは自分の体感で確かめることからはじめました。
VRが一世を風靡したゲーム業界の流行ピークを越えた頃でしたでしょうか。次はいよいよニッチな業界に手を回してきたなと思いつつ、日本は平和過ぎてケガの痛みさえ知らない人が存在するくらいだから、語るだけでもヒヤリハットだけでも通じない時代に入るだろうから、これからの安全衛生教育には“教育効果”にも“ビジネス”にも“もってこい”だろうと勝手に期待を膨らませておりました。視覚と聴覚をコントロールされるのですから、さぞかしゲームに没頭する感覚に近い状態で、まるで本当に墜落したり腕を巻き込まれたりするのだろうかと、おぞましい映像と音声を妄想していました。
ところが、いざ体験会場へ足を運ぶと、パネルモニタより先に目に飛び込んできたのは、一人の体験者を取り囲む4人のスタッフの姿でした。うち3人は右側・左側・後方に配置され、手を広げて見守っていて、汗だくでPCを操作しながら体験者に声を掛けるスタッフリーダーが切盛りしていたのです。
そして体験者の頭に装着されたヘッドセットから伸びる黒ケーブルの束が床に這い、振動と微電流を流す手袋からは別のケーブルが伸び、黒ケーブルと合流して巨大な高性能ゲーミングPCの出力を全て塞ぎ、そのPCから先をカメラ・センサー・電源ケーブルが床を占有。これじゃまったく不安全状態じゃないかと思いながら数分待っていると、汗だくのリーダーがペットボトルを片手に立ち位置を案内してくれ、横のスタッフからVRマスク(目の周りを覆うメガネのような不織布)を受け取り、後ろのスタッフからヘッドセットをおもむろに頭上からかぶせてきて、見えるか聞こえるか確認したらすぐスタートしました。
すでに現実の床は見えないため黒ケーブルを数本踏みながら移動すると、同期されたCG上を移動し、足がすくむ間もなく手摺の無い高所から墜落するというシナリオ。とたんに三半規管がバランスを失い、気が付いたら後ろのスタッフに抱きかかえられていました。安全衛生教育のルーキー到来かと鼻息荒く意気込んでいたのも束の間、はたしてこのルーキーをまともに投入できるのかと不安に駆られながら、半ば放心状態で帰路に就いたのを覚えております。
さて、ここでお伝えしたいのは、結局難しそうだからやめておきましょうということではございません。絶句し放心するほど衝撃的な体感をもってすれば、たしかに危険に対する感受性の向上が期待されることに加え、災害に至るストーリーと要因を、身をもって分かるようになる教材としては唯一無二だと感じました。
また、各メーカーは競争しつつさまざまな障壁を乗り越え、なんと今や“ワイヤレス”で実施することが可能となってきています。ワイヤレス化の実現によって、足元の煩雑なケーブル類が無くなる分だけ接続に迷うことなく踏むこともなく、重いPCも不要になることによって価格も下がり、ますます講師の負担が軽減されてきております。つまり、従来の座学だけの教育より効果の期待できるVR教育を手軽に実施できるようになってきたということです。
ここで、すでにVRツールを使って教育されておられる方も含め、いくつか注意点を申し上げておきます。受講者の中には「人の反応を見ていると滑稽で笑ってしまう」「VR=ゲームと割り切ってナメる」、逆に「心臓に負担がかかる」「トラウマになる」という方もいらっしゃいますので、決してからかいを煽ったり、脅したり、強制させたりすることのないようにお願いします。
また、各メーカーは安全工学等の専門家でもなく、法定カリキュラムがあるわけでもありません。あくまで安全衛生教育の一環として、”危険を安全に体感させることを通じて教育する”目的をもってのご利用を推奨いたします。