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コラム

安全衛生教育

動画・図書教材とVR教材で安全教育への効果はどう変わるか その1

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テキストなどの図書教材について

書籍を始めとする教本などのテキストや、取扱説明書や手順書などのマニュアルは、講師等が伝えたい目的や考え、その内容や順序、そして受講者に考え方や行動の変容をもたらすために、主に文字や文書を紙面等に載せて教授するためのツールの1つです。

では、”教育ツール”といえば、どのようなイメージをお持ちでしょうか。

まず、身近な教育事例について触れてみましょう。言わずもがな、”学校教育”でしょう。日本においては学校教育法により、特定の図書によって教授することが基本とされています。この”特定の図書”とは、いわゆる”教科書”のことです。さらに”教科書”とは、「小学校、中学校、高等学校、中等教育学校及びこれらに準ずる学校において、教科課程の構成に応じて組織排列された教科の主たる教材として、教授の用に供せられる児童又は生徒用図書(教科書の発行に関する臨時措置法第2条)」であると定められています。

翻って安全衛生教育は、事業者責任において従業員や関係請負人に対して、必要最低限のルールなどを伝える業務の一環であって、同じ教育といえども”学校教育”とは似て非なるものです。しかしその手法について実務的に考えるならば、やはり誰もが経験したことがあり馴染みやすい手法、つまり上司や元方事業者が講師となって受講者に教授することになります。”図書”を使った学校教育に近い手法であれば、お互いやりやすいということは明白であり準備も”楽”になります。よって、安全衛生教育における従来の教育手法は、基本となる図書をテキストとしてメイン教材にしてきた経緯があります。

※”テキスト”という言葉は世間一般にありふれており、広義の”テキスト”とは文字やその文書全体を示します。本コラムでは、安全衛生教育において使用する”特定の図書”のことを”テキスト”と表現しております。

まるで安全衛生教育が学校教育の延長のような言い方をしましたが、その他の企業研修においても、学校教育のイメージであれば均一に修了させることができると見込めるため、無難な手法であると判断されていることでしょう。ただ、決して学校教育を悪く言っているのでもありません。しかしながら、ほとんどの日本人が教育というものに対して消極的になるのは、はたして何故でしょうか。

無論、学校教育は先達により熟成され、すでに完成されたものです。よって、あとは”生徒次第”で完結する、つまり一定の単位を修了すれば世界に誇る”日本人”の基礎が出来上がるタレントシステムのようなものでもあると考えられます。その意義や理想は教育専門家でない私でもある程度理解できますし、批判できる由もありません。ただひとつ疑問に思うのは、修了の成否を左右するのは”生徒次第”であるのに対し、その姿勢やモチベーションを維持し向上させるなどの議論は不要なのでしょうか。私は学校教育がもっと積極的に修められるべきだと強く思っていますので、その姿勢やモチベーションに関しても議論を尽くし、維持改善を図るべきであると考えております。

ではもし、安全衛生教育が学校教育の延長であるとイメージさせたことが原因となって、安全衛生に対する知識や技能の習得に対し消極的になってしまうということであれば、似たような形式や手法であることがその理由と考えられます。つまり、安全衛生教育の講師は学校でいうところの先生で、テキストは教科書。となれば会議室は教室、カリキュラムは時間割、板書はノートに写し、さらに私語は慎み、遅刻は厳禁、無断欠席は罰則、テストもあり合否まで…こうなると”生徒”はどうしても学校教育の延長であると感じざるを得ないのではないでしょうか。また”先生”はどうでしょう。形式と手法が学校教育に似ていればよいので工夫や改善策を考えなくなってしまい、いつの間にか無難な画一的形式とやらがはびこり、資料は理念なきコピーが横行し、その内容はできるだけ薄く細く長く伸ばされ…。こうなってしまうと、”生徒”のモチベーションや理解度より”教育時間をやり過ごす”ことを先行してしまい、本来の目的を見失ってしまわないでしょうか。

これらはただの仮説ではありません。従来の安全衛生教育において、実際にこのような問題が潜在し続けてきたのです。

安全衛生教育に潜在する問題

安全衛生教育は、受講者の理解や習得があって初めて、自分の命を衛り安全に従事できることが期待されます。しかし、受講者が理解も習得も無かったのであれば、その時間は全く無駄となってしまうのです。さらに言うと、もしこの受講者が労働災害に遭ったとき、安全衛生教育を修了させた記録さえ有れば事業者の責務として果たされていたことになり、理解できなかった受講者に原因があったとされてしまうのです。

もちろん本来、”生徒”は自分の心身を守るべく積極的に真摯に学ぶべきではありますし、労働には必ず安全衛生リスクはつきものではあります。またそのリスク回避の成否にはタイミングや誤差も生じることは事実ですので、考えが甘いといえばそれまでです。ただ、”生徒”が”先生”に対し「事業者責任とは何のために存在しているのか、安全衛生は誰のためにあるのか」などと問うたとしても、「実現不可能で縮まることのない理想と現実のギャップだ」と回答して済ませたりします。繰り返す労働の損失に対する抵抗に無力感さえ漂わせながら何も考えないまま惰性で”講義”を流したりしている現実がある以上、この現実にとんでもなく大きな勘違いによる問題があるように思えてならないのです。つまり、「同じ考えで、同じ定めに従えば、同じく成就できる」から「べつに考えなくても、とりあえず決められたことに従ってやり過ごせばよい」にすり替わってしまっているのです。さらにこの問題点に対し誰も言い出せなくなってしまい、ついには”暗黙の了解”となって、この問題自体が闇に埋もれていってしまったのです。

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潜在する問題の解決へ

このような問題をすくいあげるには、真正面からではなく、視点を変え、側面から眺め、多角的に捉え、模索しながら解決に向かう他ありません。ここで、ひとつの法則を通じて、問題解決の糸口を探ってみましょう。

旧来より、産業事故や労災に関してはそれらを回避するための理論は諸説ありました。そのひとつが「ハインリッヒの法則」です。これは労働災害の統計分析を行っていたハインリッヒが、1992年の論文で発表した調査結果において、「1件の重大事故につき、軽微ではあるが同じような事故が29件あり、怪我がなかったものの”ヒヤリ”と感じた事例が300件ある」つまり「1:29:300」である、というものです。ここから、「ヒヤリ・ハットがあれば大事故に発展する前に修正しなければいけないという訓戒」となり、日本においても失敗事例を積極的に報告する気運が高まり、実際に事故を減らしたり業績を伸ばしたりした例も出てきました。ただし万能薬ではないため、盲点やデメリットも知っておく必要があります。ヒヤリ・ハットをつぶしていけば同様の要因により引き起こされる重大事故は防げますが、どれだけヒヤリ・ハットを集めても、それらに含まれない別の要因で起こる重大事故は、当然に防ぐことはできません。また、安全衛生の責任者はもちろん、関係者全員が日々の活動において常にアンテナをピンと張り、周りの状況を観察し、他所からの情報にも敏感に反応して、事故要因を1つずつ断ち切っていくように努める必要があります。

ところが、世の中ではこれを拡大解釈し、「ヒヤリ・ハット活動」さえ実行していれば大きな事故や災害は防げるという間違った考え方、つまり”とりあえず決められたことに従ってやり過ごせばよい”という考えが広まってしまってはいないでしょうか。

さらに、この問題に輪をかけているのが「マニュアル」による弊害です。従業員教育において便利な「マニュアル」は、これに沿って”正しいやり方”を教え込むのに適しています。いわゆる”こうやると、うまくいくという技術”だけを覚えた人員で体制を固めてしまうのです。しかし、想定外の事象に対しては、この組織はどうなるでしょうか。きっと単一な教育を受けただけの従業員は、たちまち”自分で考えようとしない”ことが日常化してしまっており、どう対応していいか分からなくなり結局何もできないまま損失だけが残る、というような極端なリスクがつきまとうことでしょう。

たしかにマニュアルは過去の経験の集大成であり必要なものですが、何も考えずにマニュアルに従っていればよいというものではありません。従業員一人ひとりが、マニュアルが何故そうなっているのかという背景や、もしマニュアルから逸脱したら何が起こるかについても考え、マニュアルの真意を理解し、納得した上で作業に挑めるようにしなければなりません。そのうえで、社会の要求や技術の進歩によってマニュアルが合わなくなることもあったり、形骸化してしまったりすることもありますので、マニュアルは常にまたは定期的に見直すことも必要です。このとき、どこにどんな問題が起こり得てどう解決するのか、どんな危険がありどのように回避するのかなどを”考えさせる”チャンスが現れます。

つまり、危険が差し迫ったときや避けられなかったとき、もしくは危険を予め想定し事前に回避することなども含めて想定し、自分の取るべき行動について考え抜き、それを文書化し、テストやシミュレーションをすることによって、そのマニュアルの会得を深化させるチャンスこそ、「安全衛生教育」であるといえます。そして、危険への対応について当事者である従業員の行動を変容させることができたならば、このチャンスを安全衛生教育に上手に変換させることが実現できた、すなわち”事故や災害を回避することに成功した”ことになります。また、このような危険性や有害性(労働災害リスク)に対し回避行動を起こせず災害が不可避であった状態から、回避できる行動を引き起こす原動力となる教育は、「危険教育」と呼ばれます。この教育を少し平たく言いますと、”感知または余地した危険を回避するためにとるべき行動を自分で具体的に考えさせ、行動不全を防ぎ、誤った行動を改善し、正しい行動に導くことができる教育手法”です。安全衛生教育にあっては、この「危険教育」が欠かせないといえます。

ではここで、どのような危険教育があり、効果的に安全衛生教育を成しえるにはどのような教材や手法が理想か、などについて触れていきましょう。

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DVDなどの動画教材による危険教育

まず動画教材といえば、どのようなものが思い浮かぶでしょうか。DVDやブルーレイなどの光ディスクをその場で再生して利用する他、それらから取り込んだ動画データをフラッシュメモリやHDDのような外部記憶媒体に保管しておいたり、記憶媒体を介さずにストリーミング配信されるものも出てきています。

これらのような動画教材には、映し出されている場面の中に自分を没頭させつつ、主役などの登場人物が危険な目に遭ったりピンチを迎えたりするシーンでは、その登場人物に自分の感情や思考回路を置き換えながら想像力をフル稼働させ、”自分もこうなるのだろうか・こうすればよいのに”などと、考えずとも自然と湧き出てくる感情や同情に連なって、”助かりたい・避けたい”という回避本能から生まれるアイデアなどを出させる効果があります。もちろん、シナリオの最後でハッピーエンドになれば自分の答えに確信を持てますし、バッドエンドになれば反面教師というように答え合わせができる教材もあります。

主なメリットは手軽で操作しやすく内容もわかり易く作られているところですが、自分一人では簡単に制作できないためコストパフォーマンスが低かったり、シナリオや種類が限られ委嘱しない限りカスタマイズできないところが主なデメリットでしょう。

安全道場などの体感教育施設における危険教育

体感教育施設とは、災害があった状況に近いシチュエーションと同等の危険性を再現したり、危険性を実体験できるようにした施設のことで、訓練場になぞらえて”安全道場”と呼称されています。

「ベルトコンベアへの巻き込まれ災害」を体感させるプログラムの例を挙げましょう。災害が起きるくらいの規模のベルトコンベアを配置し、危険箇所を開放しておきます。その危険個所にうっかり手指をその危険箇所に入れると、その途端に激痛とともに一瞬にして腕まで引き込まれ、胴体から引きちぎられてしまう恐れがあります。受講者は一人ずつ”手腕模型やマネキンなどを入れ疑似体感”をしていきます。ただ、マネキンの腕が胴体から引きちぎられるなどの生々しい様子を目の当たりにした受講者の中には、必要以上に作業等を恐れてしまうネガティブなトラウマを引き起こす者を出しかねませんので注意が必要です。

体験教育施設は実物に近いシチュエーションを目の当たりにでき、より具体的に危険教育を実施できるというメリットがある反面、そのような施設を開設する場所と設備費用の捻出が困難かつ毎回消耗品が発生するなどのデメリットがあります。

「動画・図書教材とVR教材で安全教育への効果はどう変わるか その1」に続く

野間 義広
野間 義広
労働安全コンサルタント(化−第591号) 製造業や建設業などにおける危険有害作業経験と管理経験を併せ持ち、歯に衣着せぬコンサルティングで多方面から信頼を得ている安全衛生専門家。安全診断業務のほか、安全衛生推進者養成講習や各種特別教育などの安全衛生教育講師、業務支援コンテンツ制作やVR教育の普及に取り組んでいる。日本労働安全衛生コンサルタント会会員。