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学習する組織を作るために~教えることが学ぶレベルを高める~

作成者: 越膳 哲哉 氏|2024/09/26 0:52:36


安全な職場環境を維持するためには、単に規則を守るだけでは不十分です。組織全体が「安全」を日常的に学び、常に改善を続ける「学習する組織」であることが求められます。リスクは変化し続け、過去の経験だけに頼っていては、新たな危険に対応できません。そのため、組織全体が絶えず学習し、得た知識を活かして安全対策を進化させることが必要です。

本コラムでは、安全を学習する組織を作るためにどのようなステップが必要か、そしてその取り組みがいかにして長期的な安全文化の醸成につながるのかを考察していきます。

労働災害を防ぐには、様々な方法がありますが、最も効果が高いものが、「人に作業をさせないこと」です。人が直接機械などに触れ作業を行えば、ミスが起こり、事故につながる確率が高くなりますが、例えばロボット化などにより人が直接作業する頻度を減らせば、必然的に労働災害の発生を抑えることができます。近年では様々な分野で機械化・無人化が進み、人が直接作業する機会が減っており、労働災害の低減に寄与しています。しかしながら、どれだけ人の関与を減らし、機械化を進めたとしても労働災害を無くすことができていないのが現状ではないでしょうか。ではなぜ、人の関与を減らしても労働災害は無くならないのでしょうか。その背景を探ってみましょう。

1. 新しい技術やシステムの導入

人間が直接作業を行う頻度を減らす場合、多くの場合は自動化や機械化が進むことになります。新しい技術やシステムの導入に伴い、作業者にはこれらの機器やシステムの適切な操作方法や、緊急時の対応方法を学ぶ必要があります。従来の作業と異なる手順や知識が求められるため、技術的なトレーニングが不可欠です。

2. システム依存によるリスクの管理

機械化が進むと、作業者はシステムに依存する場面が増えますが、機械自体もエラーや故障のリスクを持っています。そのため、機械の故障時に備えた対応スキルや、システムのリスクを理解して管理できる能力が求められます。

3. 監視・管理業務の増加

人が直接作業する頻度が減ると、作業者は機械やプロセスの監視や管理を主な業務として担当することが多くなります。このような監視業務では、システムの異常を早期に発見し、対応するスキルが重要です。システムの正常動作の範囲や兆候を学び、迅速に判断できるための教育が不可欠となります。

4. 人と機械の相互作用に対する理解

自動化や機械化が進んだ環境でも、人と機械の協調作業が必要な場面は残ります。人と機械が協力して作業を行う際には、どのように安全に作業を進めるか、どこに注意を払うべきかといった「協調作業におけるリスク」を理解することが求められます。これにより、ヒューマンエラーと機械エラーの双方に対応できる知識とスキルが身につきます。

5. 作業者の「危険感受性」の低下

機械が主導する作業環境に移行すると、作業者は安全そのものを機械に依存してしまい、直感的に危険を察知したり、危険に対しての注意力や対処能力が低下する可能性があります(危険感受性の低下)。これに対処するため、定期的に作業者に対して安全教育を行い、作業に対する責任意識やリスク管理の重要性を再認識させることが必要です。

このように、安全管理において、人が直接作業をする機会を減らすことで事故発生数が減る一方で、「教育」に関する比重が大きくなり、安全教育の重要性が高まります。

もちろん安全教育は必須のものとして、どの現場においても行われていますが、教育方法や内容の理解度、危険意識にはかなりの差があるように思います。



また、安全レベルの高い組織には、安全教育だけでなく、「トップが組織内の問題を把握している」「社員が組織や組織内の問題点に関する正確な事実情報を入手することができている」「社員が組織の目標にコミットできている」「現場の担当者に相応の権限がある」「マニュアルは遵守されているが想定外の緊急事態ではマニュアルに縛られない柔軟な対応が行われている」「作業環境・業務フロー・帳票類などに対し継続的な見直しが行われ、PDCAサイクルが回っている」などが共通の特徴として見られます。

なかでも、「マニュアルは遵守されているが想定外の緊急事態ではマニュアルに縛られない柔軟な対応が行われている」と言う点は非常に難しいものです。マニュアル遵守を徹底指導すれば、どうしても作業者の「自分で状況判断し行動を選択する」という能力にふたをしてしまいがちです。「指示されたことは行うが、それ以上のことが行えない」「人間が生来持っている依存性が助長されてしまい、言われていないからやらなかっただけで私のせいではない」というような責任転嫁が顕著になるなどの思考傾向・行動傾向が強化されてしまうわけです。

ではどうすればよいのか、ということなのですが、ある組織では「仕事を教える役割を与える」ことでマニュアル遵守と柔軟な対応の両立レベルを高めています。

なぜ人に教えることで両立レベルを高めることができているのかというと、教えることで自らの仕事に対する向き合い方を見つめなおすことができるからです。

人に教えようと思うと、「この禁止事項は何のために必要なのだろう?」「この工程を無くすとどこにどのような不具合が生まれるのだろう?」「どうすればより安全を損なうことなく効率を高められるだろう?」というようなことを正面から考える場面が増えてきます。それまでは一作業者としてそれほど深く考えていなかったことであったとしても、人から質問されれば答えなければならず、一つ一つの作業の目的や仕事そのものの意味を見つめ直すことができ、自分なりの考えが整理されていきます。それが積み重なっていくと、「作業」マニュアルに無い事態でどうすればよいかと言うときに機能する判断基準が明確になるわけです。もちろん、そのためには「教え方を教える」という事は必要になります。がこれ自体が「あなたに対する期待が一段レベルアップした」というメッセージとなり、仕事に対する前向きな姿勢を創る事にもなります。

また今の時代は、学ぶための手段がe-leanning、VR教材などたくさんあります。それらを活用して学ばせるための経験も同様です。教わる側から教える側の役割を与えたり、教える役割を交代制・分担制にしたり、学ぶための教材商材を自ら調べたりすることを通じて、学ぶレベルを高めていきましょう。



安全を学習する組織を作ることは、一朝一夕では実現できません。しかし、絶えず学び、改善を続ける姿勢が安全文化の定着につながります。組織全体が「安全」を最優先に考え、リスクに対応する能力を向上させることで、事故や災害を未然に防ぐことが可能となります。

リーダーをはじめ、全てのメンバーが積極的に学習に取り組むことで、組織は柔軟かつ持続可能な安全環境を維持できるでしょう。安全を学び続ける文化を醸成することこそが、未来にわたって安全な職場を実現する鍵です。