労働安全と法規
労働安全規則は、企業が従業員の安全と健康を守るために不可欠なものであり、法的に義務付けられています。しかし、現実にはこれらの規則が徹底されず、重大な労働災害が発生するケースが後を絶ちません。第1項では、安全に資する費用対効果として、お金にかかわる数字を見ていきました。第2項では、安全に関する法規の歴史と安全を守るメリットについてみていきましょう。
日本の産業革命は明治時代に始まり、急速な工業化が進みました。特に製鉄、繊維、造船などの重工業が発展し、多くの労働者が工場や鉱山で働くようになります。しかし、労働環境は決して恵まれていたとは言い難く、労働者は長時間労働や、不安全・不衛生な作業環境に苦しんでいました。また、企業側の労働者に対する安全配慮の意識は乏しく、生産効率を優先した結果、工場や鉱山などでは、事故や災害が頻発し、多くの労働者が怪我をしたり命を落としたりする事態が発生していました。その後の労働運動の高まりとともに、安全衛生に関する意識や制度は、少しずつ整備されていくことになります。
労働安全が本格的に法整備されたのは、第二次大戦後の新憲法制定と合わせて整備した労働安全衛生に関連する定めである「労働基準法」第五章で規定されました。その後、日本は高度経済成長期に入ります。エネルギー産業などでも様々な技術革新が進み、多くの工業製品が大量生産できるよう各企業が生産設備を拡大していくこととなります。また大規模かつ多岐にわたる様々な各種建設工事などが次々と行われる中で、労働環境が激しく変化していきます。そしてそれは残念なことに、毎年多くの労働災害死亡者が発生するという事態を生み出すことになったのです。
そのような背景の中で、昭和47年に労働安全衛生法が可決成立することとなりました。この法は「職場における労働者の安全と健康を確保する」、「快適な職場環境を形成する」ことを目的として制定されたものです。同法内では、職場の安全と衛生を確保するために、総括安全衛生管理者、安全管理者・衛生管理者・安全衛生推進者、産業医などのスタッフと安全委員会・衛生委員会の設置が規定されています。
また事業者には「労働者の安全を守る義務」があることを明言しています。義務を果たすための一つとして安全衛生教育の実施があるわけです。過去の労働災害・事故を他山の石として学び、同じ原因に起因する事故の再発を防止する、つまり同じ原因による事故から労働者を守るためも必須の義務であり責任なわけです。事業者は「雇い入れた時」「作業内容を変更した時」「危険または有害な業務につかせる時」「法令が定める業種で新たに職長などの職に就かせる時」には安全衛生に関する教育をする義務があります。さらに事業者は労働者の安全な労働環境を確保し、労働災害の発生を未然に防ぐため、「危険防止措置」「健康障害防止措置」「急迫した危険の防止措置」を行うとともに、労働者側はこれらの措置について、「必要な事項を守らなければならない」としています。
当然のことながら事業者、労働者双方が想いを同じくして「安全」を守ることが求められるのです。また同法では、生活習慣病予防のための健康保持や増進の措置を求めています。近年は身体のみならずメンタルヘルスについて不調をきたす労働者が増加してきたという社会現象という背景をうけて、労働安全衛生法に基づく「ストレスチェック制度」が施行されることとなりました。心の疲労は、仕事に対する集中力・注意力の低下を生み、それがヒューマンエラー、事故、災害の要因足りうることからも労働者のメンタルヘルスマネジメントの重要度は益々高まっているわけです。
ここまで安全にかかわる法規について述べてきましたが、近年では、労働者の安全と健康を守ることは、企業の社会的責任(CSR)の一環として重要視されるようになりました。企業が労働環境を改善し、従業員の福祉を向上させることで、企業の信頼性やブランド価値の向上が期待されるようになります。そこで、安全を守ることのメリットについても考えてみましょう。
1. 従業員の安全確保
労働安全規則を遵守することで、職場での事故や労働災害を未然に防ぐことができます。これにより、従業員の安全と健康が確保され、安心して働ける環境が整います。安全な職場環境は従業員のモチベーションを高め、仕事の質を向上させます。
2. 企業の信頼性向上
労働安全規則をしっかりと守っている企業は、従業員だけでなく取引先や顧客からも信頼を得ることができます。安全な職場を提供する企業は、社会的責任(CSR)を果たしているとみなされ、企業のブランド価値が向上します。これにより、優秀な人材の確保や新たなビジネスチャンスの獲得にもつながります。
3. コスト削減
前項でも述べたように、労働災害が発生すると、企業は医療費や補償金、損害賠償など多大な費用を負担することになります。さらに、労災が原因で業務が停止したり、生産性が低下したりすることもあります。労働安全規則を遵守することで、これらのリスクを最小限に抑え、長期的なコスト削減が可能となります。
4. 従業員の士気向上
従業員の安全と健康が確保されることで、職場全体の士気が向上します。従業員が安心して働ける環境は、仕事への満足度や忠誠心を高めるため、結果的に企業の生産性や業績の向上に寄与します。安全な職場環境は、従業員の離職率の低下にもつながります。
5. 保険料の低減
労働災害が少ない企業は、労災保険料の負担が軽減される場合があります。安全な職場を維持することで、保険料の低減という経済的なメリットも享受できます。
労働安全規則を遵守することは、企業にとって非常に重要であり、従業員の安全と健康を守るだけでなく、企業の持続可能な成長にも大きく貢献します。「労働者とその家族を守る」「協力会社を守る」「自社を守る」ために私たちは、安全第一を追求する人を育て、安全のための環境を整え、安全第一を本音とする組織文化つくりを追求し続けなければなりません。