安全文化を醸成するリーダーシップ
安全な職場環境を築くためには、単なるルールや手順の遵守だけでは十分ではありません。職場全体に根付く「安全文化」が、そこで働く従業員一人ひとりの日常的な行動に影響を与えます。その中心にあるのがリーダーシップの役割です。リーダーの姿勢や行動は、組織全体に安全に対する意識を浸透させ、働く人々の行動を形作ります。
しかし、安全文化の醸成には、強いリーダーシップで単に指示を出すだけでは不十分です。リーダー自身が模範となり、安全に対する強いコミットメントを示し続けることが求められます。本コラムでは、安全文化を根付かせるためにリーダーが果たすべき役割と、その具体的なアプローチについて考察していきます。効果的なリーダーシップがどのようにして安全文化を形成し、強化していくのか、一緒に探ってみましょう。
安全文化はリーダーシップとコミュニケーションによって醸成されます(詳しくは第3回の「安全文化ができるメカニズム」をご参照ください)。リーダーの言動の積み重ねがメンバーに浸透していくことで、「安全な職場を維持するためには○○が当り前」という価値観が大多数のメンバーに継承されそれが安全文化を醸成していくわけです。そしてリーダーの「言っている事」と「行動している事」が違う場合、「行動している事」がメンバーに浸透します。なぜならばメンバーはリーダーの言うことは聴かなくとも、リーダーの行動は真似をするからです(鏡の法則)。
よって、日ごろのリーダーの行動こそが非常に重要なファクターとなります。メンバーの主体性を信じて、以下のことを意識的に実行することが大切です。
①メンバーが率直に提案や報連相ができる雰囲気をつくる
リーダーがオープンなコミュニケーションを奨励し、どんな問題でも安心して話せる雰囲気を作ることで、潜在的な危険や改善すべき点が早期に発見され、対策が打てるようになります。報告・連絡・相談(報連相)の仕組みを整えるだけでなく、リーダーがそれを積極的に受け入れ、対応する姿勢を示すことで、信頼関係が築かれます。
②メンバーが主体性を発揮できる機会をあたえる
例えば、安全に関するプロジェクトを任せたり、定期的な安全会議に参加させたりするなど、主体性を発揮する場があることで、メンバーは「自分ごと」として安全を捉えるようになり、チーム全体で安全を守る文化が自然と形成されます。
③ほめるべきはほめ注意すべきは注意する
安全に関する良い行動を取った際には、その場で具体的にほめることが重要です。これは、正しい行動が評価されるというメッセージを強く伝え、モチベーションを高めます。一方、リスクのある行動や安全規則違反があった場合には、リーダーがすぐに注意・指摘し、改善を促すことが必要です。
③の「注意すべきは注意する」というのは当り前のようですが意外なことに実践できていない場面をよく見かけます。例えば、「作業標準と異なる手順の作業を発見したり、他の作業者の行動に対し危険を予見した場合はためらうことなく即、指摘すること」と規定で定められていても、実際の現場においては、様々な人間関係から指摘できないことがままあります。安全を最優先し、安全を損なう行動に対しては指摘し、止めさせることが正しいことだと誰もがわかっています。しかし中々それができないのが人間でもあるのです「後でもできることなのに今指摘して変に人間関係がぎくしゃくするのは避けたほうが良いのでは」などの思考が瞬間的にめぐってしまい、その間に作業自体は次に進んでいってしまう・・・。そのようなことが日々繰り返されていくうちに、この思考さえも浮かばなくなり、むしろ安全最優先の作業標準と異なる効率優先の作業手順が当たり前になってしまいます。1万回に1回あるかないかのリスクよりも、毎日の2分の作業時間短縮に意識が向かってしまうのは人として自然な思考なのかもしれません。
しかし、この「人として自然な思考を認めていては安全は守れない」という自覚を常に強く持ちつづけなければなりません。特にリーダーはこの自覚が不可欠であるのです。
私は前職で上司に、「他人の人間性を疑ってはいけないが、他人の仕事ぶりを盲目的に信用してはならない」と指導されました。定められたことと異なる作業に対し指摘することは決してその人をその人を否定するわけではありません。許してはいけない行為を注意することが安全を守るうえで重要なのです。
言うべき時に言わず自分の中にモヤモヤした想いを残してしまい、それが蓄積されていくとある時「大体あなたは以前からそういう傾向がある・・・」と感情とともにぶつけてしまう場面を見かけます。こうなると行為ではなくその人を否定することになってしまいます。そうならないためにも、不安全行動を発見した瞬間に指摘する、ということをリーダーとして習慣化させることが必要です。
その行動がメンバーに伝わり浸透し、「作業標準指導書と実態が異なるのは当たり前」という安全文化醸成を阻害する価値観を、「作業標準指導書と実態を一致させるのが当り前」という価値観に塗り替えていくリーダーシップが不可欠なのです。
安全文化を醸成するために、リーダーシップは非常に重要な役割を果たします。リーダーが率先して安全を重視し、メンバーが主体的に安全に関与できる環境を作り上げることが、安全な職場を実現する鍵となります。メンバーの意見を尊重し、適切に評価し、フィードバックを行うリーダーの姿勢が、信頼を築き、組織全体の安全意識を高めます。
リーダーは、単なる規則の遵守だけでなく、職場全体に安全を第一とする価値観を浸透させる必要があります。そのためには、一貫した行動とコミットメントが不可欠です。安全文化は一朝一夕には築けませんが、リーダーが持続的に取り組むことで、確実に強固な安全文化を根付かせることができるのです。