第4回 『効率的な化学物質情報システムとは?』 (スクラッチシステムの限界、システムに求められる要件と課題)
ご覧いただきありごとうございます。沖電気工業(OKI)の緒形です。前回は、REACH規則に適合するために必要な「製品含有化学物質情報の見える化」を実現する社内運用プロセスについてご紹介しました。本稿では、社内運用の全体最適と、高度化し続ける法規制に適合するための情報システム要件と、早期にマネジメントの実践を可能とするためのシステム導入支援の概要をご説明致します。
企業/業界の全体最適とスクラッチシステムの限界
私が新入社員のころ、職場の仕事を覚えるための教育に、OJT(on the job training)がありました。その内容は、ご指導を賜る職人的かつ体育会系の先輩が、「この作業をこれからやるから見てろ」と、それ以上の教えはありませんでした。先輩がルールブックであり、その手順書には、「仕事は盗んで、自分で覚えろ」と書いてあったように覚えています。
最近の教育訓練は、作業を確実にかつ、効率的に進めることを目的とし、プロセスの明確化や手順の整備に加え、動機付けについても実施されているようです。これは、昨今の業務要件が、複雑で変化が早く、自分の仕事の役割や位置付けや手順を明確にしなければ、業務の効率や品質の維持/向上に大きな影響を及ぼすからだと考えます。昔のように職人を育成する余裕も必要だと感じていますが、時間は待ってくれない+リソースは限られている、との認識は読者の皆様と共有できるところだと思います。また、早期にかつ、効率的な化学物質情報システムを構築するという観点では、共通する事項が多いと考えます。
以前の企業内化学物質情報システムは、スクラッチシステムと呼ばれる、社内独自のワークフローをフルカスタマイズで構築するという手法が主流でした。これは、何億円という費用を掛け、企業独自の職人業務をシステム化した部分最適型の豪華オーダーシステムと言えるかもしれません。しかし、この手法では、業界基準や法令等の頻繁な改定への対応や情報システム維持コストの増大など、これからも継続する要求事項に満足させるためには、スクラッチのデメリットが顕在化してしまい、このマネジメントには適していないことが明確です。
そこで、REACH規則への本格対応を機に、スクラッチで構築した情報システムから、多くの企業での運用実績があり、そのノウハウを実装したパッケージ汎用システムを導入する企業が増えてきました。これは、マクロ的に考えると、他社事例等をもとに企業における運用の効率化と全体最適に加え、業界の取組みである情報流通基盤など各社が運用を共通化することで、業界の全体の最適化につながる効果が期待できます。
以下、効率的な化学情報物質管理を可能にする、(1)パッケージソフトを選択する際のポイントと、(2)早期の立上げと実運用に耐えうるシステム導入のポイントを、ご説明致します。
(1)パッケージソフト選択のポイント~製品含有化学物質情報システム特有の要件
この化学物質マネジメントには、企業内運用や法令等への対応など、鍵となる要件がいくつか存在します。その中でも留意すべきは、前提となる「報告要求元」が関連法規制/顧客要求事項/業界標準、と多岐に渡り、かつ、それらが不定期に変化する、そのため、要求されるアウトプットの内容や形態が多様で流動的である、という点です。これに対応するため、システム上にも社外・サプライチェーン上にも下記の流れで継続的な運用上の課題が生じています。この課題に求められる要件は、法令等に継続的/適切に対応可能で、柔軟性と拡張性を持ち合わせたシステムであることです。
一方、この法令等の変化に対し、空間的には社内部門や仕入先に及ぶ、時系列的には設計から出荷までの各プロセスにわたる、これまでの連載でお伝えしてきたような、高度で複雑なデータを最新情報に更新/連携させる必要があります。結果、組織間・プロセス間にまたがって高度な情報を管理できる統合型のシステム、それも柔軟性の高いシステムが望まれます。(図1)
また、個々の機能に目を移せば、化学物質マネジメントを効率化するためには、データ調査業務支援機能と、シミュレーションや川下プロセスへの報告など、データ活用の機能が充実していることが必要です。(前回、第3回のコラムでは、自社加工品に関する自動計算の機能をご紹介致しました。)これらの機能は、パッケージソフトの場合、各社の運用経験に基づくノウハウが反映されているため、どのパッケージにするかの選定段階で、とのフィット/ギャップや導入時の有効性についても評価することが重要です。(図2)
(2)早期の立上げと実運用に耐えうるシステム導入のポイント
これまでお話してきたように、この化学物質マネジメントはREACH規則の場合、「2011年6月の届出開始期限」を背景に、早期のシステム立上げが求められます。ただし、早期の立上げといっても、情報システムを導入すれば、勝手に運用が開始されることは稀なケースで、多くの場合、これまでの社内運用や事業の特性によって、作業範囲の見直しやデータの再整備が必要になります。
ここで鍵となるのがシステム提供ベンダーによる導入支援のノウハウと自社の検討作業です。この場合の有効な対応方法は、パッケージ・ベンダーが提供する汎用の運用テンプレートをリファレンスとして、自社マネジメントの手順やルールを構築し、データの整備を行うことです。(図3)
導入ソフトの運用テンプレートを自社へ適用するプロセス例を、下記に示します。
・導入プロジェクトのキックオフ
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・導入ソフトの運用テンプレートと自社運用との整合
(新運用フローの確立)
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・新運用フローにおける詳細手順構築
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・各種登録データの整備
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・各種機能確認
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・システムユーザ評価
このようにパッケージソフトを雛形にして運用を精査することは、実運用に耐えうるシステムの早期立上げを可能にするばかりでなく、業務の効率化においても有効な副産物をもたらすと言えるでしょう。自社によるスクラッチ開発では得られない、他社や業界のノウハウを間接的に享受することができ、職人的・部分最適型の変化に対応しにくい業務システムから、全体最適志向で法令要求等の変化に柔軟な業務システムへの脱皮が可能になります。
次回、最終回は、製品含有化学物質情報システム「COINServ-COSMOS-R/R」の導入事例と周辺システム連携についてご紹介します。