第5回『「集中と分散」のハザマですべき事』
カントリーリスクとどう向き合うか?
カントリーリスクを真剣に考えざるを得ない昨今の世界情勢もあってか、グローバルな最適地生産や販売戦略をどう考えるべきかという相談をよく受ける。そこで、この連載としては少し硬質なテーマになるが、集中と分散について考えてみたい。
まずは基本をお浚いする。どんな大企業であっても限りのある経営資源(ひと・もの・かね)を有効に活用するために、狙いを定めた分野に集中して経営資源を投下しないと戦力が分散されてしまう。集中とは腹決めした事業に経営資源を集中することだ。例えば多角化に手を出した企業が本業回帰することや、複数の事業の中で戦略的に取捨選択をして残した事業に注力をすることである。戦略に基づいた事業の仕分けや(本業回帰、本業特化や、戦略分野への集中など)、経営数字に基づいた事業の継続可否判断は集中の代表的な取り組みだ。市場のトップ1位・2位を取れない事業からは撤退する、赤字が3期継続する事業からは撤退するなど意思決定をしていく。一方、分散とは、複数の事業に経営資源を分散させることだ。例えば本業で培った技術をベースに他分野への進出に取り組んだり、主力商品の季節変動を緩和させるような商品の企画や参入を行う。
特定の事業に傾注してしまうと、景気変動をもろに受けるために、特定の事業への集中度合いが低い競合他社よりも深刻に企業業績がダメージを受ける。あるいは季節変動がある事業に傾注している場合でも、季節によって生産量などが大きく左右されてしまい、安定操業ができないために収益性は悪くなる。
景気の変動が大きい事業を補完するために、景気の変動が少ない複数の事業と組み合わせて事業を企画したり、季節変動による経営の振れを抑えるために、夏季に売れる事業と、冬季に売れる事業を組み合わせることなどが分散の代表的な取り組みである。
このように、集中と分散は、どちらも一長一短があり、どちらが有利かというのは、市場の動きを見ながら、毎度慌てて、集中に舵をきったり、分散に舵をきったりしているのが実態である。
どこで作って、どこで売るのがいいのか?
海外の拠点戦略でも「集中と分散のハザマ」で悩むこととなる。拠点戦略での「集中」とは、A国に集中して拠点を構築することで、例えば複数の生産子会社や販売子会社を特定の国に集中させることである。一方、拠点戦略での「分散」とは、複数の国に拠点を分散させることで、例えば五大陸のそれぞれに、適切な場所を探索して生産子会社や販売子会社を分散させて配置させる施策である。
グローバル展開を考えると、拠点を適切な場所に分散させて最適効率を狙うことが基本となろうが、それでも拠点を集中させることは少なくない。その理由は様々。ひとつは、国ごとに進出するためのノウハウが異なるためである。例えばA国で橋頭堡を築けば、新たにB国に進出するよりも、A国でさらなる展開をしたほうが容易だ。また、多国展開をするにはそれを牽引できる人材が不足しているために兵站を伸ばせないという事情がある場合も多い。
一方、拠点戦略における特定の国への集中は、実は、グローバル展開の中でのコストミニマム(生産コストのミニマム化、輸送コストのミニマム化、販売の極大化など)が難しい面もある。また昨今話題となっているカントリーリスクをまともに受けるほか、災害等での拠点機能不全に陥った場合のリカバリーに時間がかかるなど、リスク低減の観点からも拠点の分散を検討することは避けて通れない。
共通化標準化が「分散」推進のベース
コストミニマムの実現、リスクの低減を目的に、拠点の分散を検討する場合、重要なポイントは二つ、(1)ものづくりの考え方の共通化、(2)要素作業の標準化、教育・訓練の水準の共通化、である。
まず、(1)「ものづくりの考え方」を共通化することとは、どういう工場を目指すのかのあるべき姿が共通していることである。拠点展開を実務で支えるキーマンのものづくりへの思いは個人差があることが多い。例えば同じ会社・同じ部署に所属する人たちであっても「徹底して中間仕掛りをなくす」ことを追及する人もいれば、「中間仕掛りを十分持つことでリスク回避する」ことを追及する人もいる。これらは真逆の工場作りに繋がってしまう。
このような姿勢で複数の拠点が作られたとき、拠点ごとの課題や管理ポイントの相違点が不必要に増えてしまい、お互いの拠点の実態が見えにくい体制となってしまい、グローバル展開としては極めてガバナンスの弱い状態となってしまう。設備や生産物が異なっていても、ものづくりの考え方が共通していると管理の多くは共通化できるものである。(管理が共通化できると、ある拠点で問題が発生した場合でも、他拠点での代替生産の立ち上げにおける阻害点が少なくなる)
次に(2)「要素作業」を標準化するということは、標準作業の基本となる要素作業(作業の基本単位、基本技能の組み合わせで構成される。ねじ締め、樹脂塗布、隙間調整など)を拠点間で共通することで、海外拠点に対して技術移転をする技術者の作業負荷の軽減になると同時に、管理負荷も軽減することができる。設備や生産物が異なっていても、要素作業の多くは共通するものであり、要素作業に着目することで「設備が異なるから標準作業化は難しい」というような言い訳も抑えることができる。
拠点の分散において、必ずしも、同じ設備・工具を使えるとは限らず、生産する製品も異なることが多い。さらに国ごとに異なる文化風習を踏まえると、完全に"同じ工場のコピー"を多国展開することは現実的に不可能に近い。重要なことは、共通化すべきこととそうでないことを明確に分けて考えることである。ものづくりの考え方や、作業の基本となる要素作業は、企業文化の根本となるものであり、共通化をすべき重要なポイントである。
小改善の積み重ねは企業の底力そのもの
小改善の積み重ねは、模倣しがたい企業の底力になる。単に新しい設備をいれたり、流行しているラインレイアウトにしたりすることは、一時の効果は得られるものの、すぐに他社にも追いつかれてしまう。また、市販されている設備であっても、毎日、自社の工夫を取り入れた改善を積み上げることで、1年後には簡単には追いつけない技術に進化する。競合他社と全く同じ設備を使っていても、企業によって生産性に大きな差が出てくるのは、この小改善の積み上げが大きく効いているかどうかにかかっている。ちょっと見ただけでは分からない小さな改善を積み上げることによって、何も考えずに漫然と設備を使っている会社がちょっとやそっとでは追いつけないほどの、力の差を生み出すのだ。
(工場管理(日刊工業新聞社)2012.12月号Change is チャンス!『改善改革仕掛け人風雲記』 より)