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コラム

グローバル製造業の原価管理

第14回「原価管理におけるアナリティクス活用~AIによるバラツキ分析」

第14回「原価管理におけるアナリティクス活用~AIによるバラツキ分析」

バラツキ分析においてAIを活用することでバラツキ要因の特定、改善効果の予想・検証を効率化できることを紹介します。

はじめに

第13回のコラムでは、IoTにより収集された詳細かつ高精度なデータを用いた原価管理手法の一つとして、バラツキ分析を解説しました。今回はバラツキ分析においてAIを活用することでバラツキ要因の特定、改善効果の予想・検証を効率化できることを紹介します。

1.バラツキ分析へのAI活用

第13回のコラムではにバラツキが発生している品目の特定、その品目の製造過程でバラツキが発生している工程と指標(歩留、能率など)の特定、さらに、その原因を5M+1E(「Man(人的起因)」「Machine(設備起因)」「Method(生産方法起因)」「Material(原材料起因)」「Measurement(検査起因)」「Environment(環境起因)」)の観点で深掘りするアプローチを紹介しました。バラツキが発生している品目、工程と指標の特定まではBIツールで比較的容易に行えます。しかし、そこから先の原因の深掘りについては、多くの手間を要するとともに、分析担当者個人の業務知識・経験と勘に大きく依存します。分析担当者がバラツキの原因となっている要素を予想し、実際に原因となっているかを確認するステップを繰り返すことが必要となるためです。属人性を排除し、システマティックに分析する方法はないでしょうか。
その方法として、今回はAIを用いた分析をご紹介します。

統計分析の手法のひとつに、回帰分析と呼ばれる手法があります。これは、「ある指標とその構成要素の間の定量的な構造を明らかにし、影響度を評価する」手法です。原価や、歩留、能率などの原価に影響する各種指標は、IoTにより収集されたデータを構成要素として計算されます。回帰分析を適用し、それらの指標とIoT収集データの間の関係を明らかにすることで、収集データに含まれる項目の、原価や指標に対する影響度の大きさを評価することができます。ある指標に通常より大きなバラツキが出た際、優先的に確認すべきデータ項目が、担当者個人の知識、経験や勘に頼らず、統計的な計算により特定できるのです。

大量かつ複雑な計算が必要になりますが、それはコンピューターの得意分野であり、AIを活用すれば効率的に実行することが可能となります。

2.統計解析におけるAI

ここで一度立ち止まって、「AI」について押さえておきたいと思います。

近年AIはさまざまな分野で活用されており、言葉としてはよく知られている一方で、具体的なイメージを持っている方は少ないのではないでしょうか。AIとは、統計解析の文脈では「分析のプロセスを自動化する、超高機能な関数電卓のようなもの」と捉えてよいでしょう。統計解析の手法により、分析したい指標(ここでは原価バラツキ)とそれを構成する定量的要素(原価管理のために収集したデータ群)の関係を数式化し、各要素の影響度の大きさを評価することができます。このプロセスを自動化してくれるのが、統計解析におけるAIです。

当コラムにおいて、AIとは統計解析を代行し、分析の作業効率を飛躍的に高めてくれるソフトウェアを指すこととします。

3.AIによるバラツキ分析

では、原価のバラツキ分析においてAIをどのように活用することができるでしょうか。いくつかの例を紹介しましょう。


3-1.要因分析
ある製品の原価および原価に影響する歩留・能率などの指標(以下、原価等)と、それらに関連がありそうな項目(=バラツキ要因候補)の過去実績をAIに入力することで、原価等とバラツキ要因候補の関係を、数式として把握できます。この数式には、バラツキ要因候補それぞれの、原価等への影響の大きさを統計的に評価した結果が表現されています。したがって、バラツキの要因分析にあたって5M+1Eのどの観点から優先的に深掘りするべきかについての、AIからの提案と捉えることができます。

IoTにより収集したデータ群のうち、バラツキ要因の候補としてピックアップした項目のデータをAIに与えると、AIは下図のような数式でモデル化します。


重み係数1~nは、バラツキ要因候補それぞれの、原価等との関連の強さを表します。
原価等とバラツキ要因候補1~nの過去実績(精度を高めるためにある程度の期間にわたって収集したデータが必要です)をAIに与えると、数学的な理論に基づいて原価等とバラツキ要因候補の関係を分析し、与えたすべての実績データにおいて「原価等=重み係数1×バラツキ要因候補1+重み係数2×バラツキ要因候補2+・・・+重み係数n×バラツキ要因候補n」の関係が成り立つような、重み係数1~nの組み合わせを見つけ出します。この、重み係数1~nの組み合わせを調整していく過程を「学習」と呼びます。バラツキ要因候補のデータの各項目を学習した結果として、AIは原価等の計算モデルを作成します。

重み係数の絶対値が大きいバラツキ要因候補の数値が変動すると、原価等は大きく変動します。一方で重み係数の絶対値が小さいバラツキ要因候補の数値が変動しても、原価等にはあまり影響しません。したがって、重み係数の絶対値が大きいものほどバラツキの原因となっている可能性が高いと言えます。

なお、このような分析を行うためには、入力されるバラツキ要因の候補のデータは定量項目であることが必要です。

第13回のコラムでは、下図のようなデータの収集を想定していました。

例えば「作業員ID」は誰が作業を行ったかを示すもので、定量項目ではないため、このままではモデルに織り込むことはできません。作業員のマスタと紐づけて「勤続年数」「当該業務での累計実働時間」「当該業務の累計研修時間」など、作業員の属性を表す定量的な項目に置き換えれば、原価等への影響を評価できるようになります。「設備」であれば「累計稼働時間」「設備更新からの経過年数」などへの置き換えが考えられます。

さて、重要なバラツキ要因が分かれば、その数値を改善することで原価等を改善することができます。該当するバラツキ要因が「Man(人的起因)」「Machine(設備起因)」「Method(生産方法起因)」「Material(原材料起因)」「Measurement(検査起因)」「Environment(環境起因)」のどれと関連するかにより、改善策の方向性が見えてきます。

ただし、原価等バラツキへの影響が大きい(重み係数が大きい)要因であることと、改善の余地が大きいこととはイコールではないことを忘れてはいけません。あくまで改善ポイントの候補を、検討の優先順位付きで提示してくれるにすぎません。AIの分析結果を受けて、実際に改善すべき/できるポイントを探し、打ち手を検討するのは人間の仕事です。

3-2.改善のシミュレーション
3-1.要因分析で、AIにより原価等とバラツキ要因候補の関連度を表す計算モデルが導出されました。この計算モデルを使い、改善策の効果をシミュレーションすることができます。

例えば、段取時間について、作業員の「当該業務の累計研修時間」との関係をAIによりモデル化すると、作業員の「当該業務の累計研修時間」に+5時間、+10時間・・・と積み増したデータを代入した場合の段取時間が計算できます。つまり、作業員への研修の効果を見積もることができます。

3-3.時系列データによる原価バラツキの評価と予測

前項まではある時点の原価等と、そのバラツキ要因の間の関係をAIでモデル化する例を考えてきましたが、「過去の原価等バラツキを、現時点の原価等バラツキを構成する要因とみなして、AIでモデル化する」、つまり、「現時点の原価等バラツキを、過去の原価等バラツキの傾向から説明する」というアプローチもあります。

このアプローチでは現時点の原価等バラツキを説明する際に、時系列に沿った原価等バラツキの傾向以外の要素を考慮しないため、要因分析には活用できません。しかし、長期的なトレンドや季節変動などの短期かつ周期的なトレンドも織り込んだ、精度の高いモデルを作成することができます。


このモデルを活用することで、「過去の傾向から当月の原価がどうなりそうかを予測する」ことができます。また、「過去の傾向から予測した当月の原価等バラツキ」を実績と比較することで、「当月の原価等のバラツキは、過去実績に照らして大きいのか小さいのか」を評価することもできます。前月に原価等バラツキを改善する施策を実行した場合、当月の予測値と実績の比較が、改善策の効果の目安となるでしょう。特に変わった事情がないのに実績が予測値を大きく下回った場合、生産現場で何か重要なトラブルが起きているかもしれません。

また、時系列をひとつ先へずらせば「来月の原価等バラツキを、当月までの原価等バラツキの推移から説明する」、つまり、「過去の傾向から、成り行きでは来月の原価等バラツキはこうなる」という予測が可能です。さらに、予測された来月の原価等バラツキも過去データとみなして再来月の原価等バラツキ予測できる……というように、順番に一歩ずつ先の原価等バラツキを予測していくこともできます。

4.AIの限界

AIを活用することで、原価等バラツキに限らずさまざまな指標の分析の効率化が期待できます。ただし、AIは、あくまで「分析対象の指標と、それと関連するデータ項目の統計的な関連性」を提示するにすぎません。気づきの種の拾い出し、数字上の確からしさの確認はAIが行うものの、それを基に判断し施策を立てるのはAIを使う人間の側の仕事です。

また、AIは与えられたデータの範囲でしか分析を行えません。つまり、成り行きの数字を予測することには長けていても、データに織り込まれていない事柄、例えばビジネス環境などの背景情報の変化や、前例のない施策の影響を織り込んだ分析はできません。原価管理に関わる指標については比較的前提条件が変化しづらく、AI活用の効果を得やすいと考えられるため当コラムで取り上げましたが、このような限界があることを踏まえる必要があります。

5.AI活用のために必要なもの

近年のコンピューターの性能向上、ソフトウェア環境の進歩から、ノートPCと無償利用可能な開発言語・ライブラリだけでもAIを構築し、運用することが可能になっています。一方で人的なリソースについては依然高いハードルがあります。要件にあったAIを構築するには統計分析の知見が必要です。そしてAIが有用となる場面の検討、分析対象となるデータの選択・整備・収集には広範かつ深い業務知識が必要です。AIの分析結果をどう活用するかについても同様です。AIはデータ分析をサポートし、効率化してくれますが、データを分析し、施策を検討できる条件(人的資源、情報基盤など)を人間が整えてはじめて、有効に活用できます。

今回はIoTにより収集したデータを、AIを用いて解析することで実現される原価管理の姿を紹介しました。
次回は、これまでの内容を総括するとともに、グローバル原価管理のあるべき姿をまとめます。

第15回「グローバル製造業の原価管理のあるべき姿のとりまとめと原価情報の活用」 へ続く

第1回目から読む場合はこちら

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いまさら聞けない原価管理入門
吉田 量久 氏
吉田 量久 氏
PwCコンサルティング合同会社 シニアアソシエイト
コンサルティング業界で15年以上の業務経験を有する。製造業等の大手企業で会計領域を中心に、業務効率化・高度化に伴うシステム導入案件に従事。
https://www.pwc.com/jp/ja/about-us/member/consulting.html