【第1回】安全文化とは何か?8軸モデルで安全文化を可視化する
※本コラムは2023年2月28日開催セミナー「安全文化醸成により労働災害を減らす方法とは」の内容を編集したものです。
安全教育や安全パトロールなど労働災害を防ぐための取り組みをしているにもかかわらず、事故がなかなか減らないとお悩みの安全責任者様は多くいらっしゃるのではないでしょうか。そのような場合には「安全文化の醸成」がお勧めです。
安全文化とは「エラー・労働災害・不祥事など組織事故の発生確率に大きな影響を与える組織文化のこと」です。安全文化の醸成のお取り組みを始め、成果をあげられている企業様も増えてきています。本コラムでは、「組織のリレーション」と「現場のオペレーション」の2つの視点で安全文化醸成の打ち手をご紹介します。「組織のリレーション」について、安全文化の可視化、読み解くポイント、その後の流れなど事例を踏まえてご紹介します。「現場のオペレーション」について、安全教育の手段として注目されているVR教材が安全文化醸成にいかに貢献できるかをご紹介します。
安全文化とは?その定義と現実
まず、そもそも安全文化とは何か?というところから確認しておきましょう。簡単に言えば、「安全が何よりも最優先される」という組織文化や風土こそが「安全文化」です。そして、近年ではこの状態を実現するために「安全文化の醸成」が重要視されてきています。
この安全文化という概念がひろまったのは、チェルノブイリの原発事故がきっかけでした。その際に、国際原子力安全諮問グループ(INSAG)が示した安全文化の定義が、「現場の安全問題が、その重要性にふさわしい配慮を、最優先で受けられるようにする、組織と個人の特徴や組み合わせである」です。
つまり安全文化醸成のためには組織と個人の両面からアプローチしていく必要があるということです。
しかし、安全文化の重要性がさまざまな企業や組織で認識されるようになり、安全活動への施策を実施しているにも関わらず、「いまだにヒヤリハットが減らない」、「労災が撲滅されていない」、という声はよく耳にします。こうした状況の中で安全文化をいかに根付かせていくのかが企業や組織の大きな課題となっているのです。
安全文化と事故発生率には相関関係が
なぜ安全文化がこれほど重要視されているのでしょうか?それは「安全文化がヒューマンエラー・労働災害・不祥事など組織事故の発生確率に大きな影響を与える」からです。安全文化と事故率の関連についてはブラッドリーカーブで説明できますので図1をご参照ください。
出典:https://www.consultdss.jp/bradley-curve/
<図1>ブラッドリーカーブ
「安全文化」が醸成されるほど「事故率」は低下する!
例えば【反応型】の組織では、各人が安全に責任を持とうとせず、事故は起きるものだと考えている状態であるため、最も事故率が高いことが分かります。反対に【相互啓発型】の組織では、チームとして、安全文化に対する当事者意識と責任を持っている状態であり、各人が事故ゼロは実現可能な目標であると考えるため、事故率は大きく減少しています。
この図から読み取れるのは「安全文化が醸成されるほど事故率は低下する」ということです。
組織の状態が【相互啓発型】となるためのポイントは、「当事者意識」と「責任」を一人ひとりはもちろん、チーム全体として持つことです。つまり人にも組織にもしっかりと安全文化を根付かせていく必要があるということです。
見えづらい安全文化の正体とは?
安全文化の正体は、組織の文化や風土です。組織の中にはいくつもの「あたり前基準」が存在します。その中で「安全第一」がその他の基準より、最も優先されるべき基準となっている文化や風土があるかどうかが、安全文化醸成に関わってきます。
組織として「安全第一」と標榜しているにも関わらず、現実には「納期厳守」や「コスト削減」が優先されているという場合には、安全文化が醸成されているとは言えない状態なのです。
<図2>あたり前基準
しかし、組織の中の「あたり前基準」には個人の価値観が反映されているので、その時々の行動をみていかないと、本当に安全第一となっているかどうか分かりません。そして組織の文化や風土は目に見えるものではないため、安全文化を測る基準は曖昧でした。見えないがゆえに手が打ちづらく、成果が分かりづらかったのです。
そこで考案されたのが「安全文化の8軸モデル」です。
安全文化の8軸モデルとは
目に見えない安全文化を可視化するために提唱されたのが安全文化の8軸モデルです。
これは安全文化について長年研究を重ねてきたリスクマネジメントのスペシャリストである高野研一教授(慶應義塾大学大学院)が提唱したもので、安全文化をソフト的側面である「リレーションの基盤」と、ハード的側面である「オペレーションの基盤」の2つの基盤に分け、それぞれに4軸を配したものです。
この8軸は①組織統率、②責任関与、③相互理解、④危険認知、⑤学習伝承、⑥作業管理、⑦資源管理、⑧動機づけ、という安全文化を醸成するために不可欠な8つの視点で構成されていて、それぞれの視点から組織を評価することで安全文化が醸成されているかどうかを判断できる基準を示しています。
<図3>安全文化の8軸モデル
・「リレーション」の基盤は手が打ちづらく効果が見えにくいソフト的側面
・「オペレーション」の基盤は手が打ち易く効果が見えやすいハード的側面
安全文化の8軸モデルは「リレーション」の基盤と「オペレーション」の基盤から成り立っていますが、この2つにはそれぞれ特徴があります。
まず「リレーション」の基盤は、「組織統率」や「動機付け」といった人や組織に関する安全文化のソフトウェア的な側面であり、「手が打ちづらく効果が見えにくい」「中長期的に効果が表れる」という特徴があります。
一方「オペレーション」の基盤は、「資源管理」や「作業管理」といったルールや設備に関する安全文化のハードウェア的な側面であり、「手が打ち易く効果が見えやすい」「短期的に効果が表れる」といった特徴があります。
8軸それぞれをトータルで向上させる取り組みが重要
日本の企業における安全文化の醸成に対する取り組みは、これまでどちらかというと、オペレーションの基盤となる4軸、例えば「安全のルール策定」や「安全設備」などをしっかりと固めていくところから始まっていましたが、近年ではリレーションの基盤となる「価値観の共有」や「職場満足度の向上」など人に対する施策をしっかり実施していくという方向にシフトしてきています。つまり「オペレーションの基盤を守るのも人、作るのも人。結局は人が大事」という考え方です。
手の付けやすいオペレーションの基盤から始まった安全文化醸成は、なかなか手を付けにくかったリレーションの基盤を整備するフェーズに入り、8軸それぞれをしっかりとトータルで固めることが重要になってきているのです。そして、この8軸をさらに詳しく分析して、安全文化の見える化を可能にし、企業や組織が安全文化醸成のために具体的な手を打つことができるように、高野教授が中心となって開発されたのが「安全文化診断」です。
次回はこの「安全文化診断」についてご紹介します。